地方自治総合研究所

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月刊『自治総研』2024年5月コラム

施行期日は誰のため? 忘れ去られた主役

「この法律は、公布の日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」施行期日を定める法律附則のお馴染みの規定である。

ところで、この規定は、誰のために設けられているのだろうか。「周知期間」といわれることもあるが、その場合には、規制を受ける国民・事業者や申請の準備をする国民・事業者が念頭に置かれているだろう。「国民生活に深い関係を有する法令については、その内容を国民に周知・徹底させるために、公布の日から一定の猶予期間を置いて施行することが社会生活の混乱を防止し、法令の円滑な実施に役立つ。」とされる(田島信威『最新法令用語の基礎知識〔三訂版〕』(ぎょうせい、2005年)479頁)。たしかに、施行期日までの期間は、新たに制定されたり一部改正されたりした法律の内容を国民・事業者が学習するための時間といえるかもしれない。

もっとも、法律だけでその内容がすべて明らかになるわけではない。政省令さらにはガイドラインなどによってはじめて具体的内容が明確になる場合も少なくない。

そうであるとすれば、この期間は、それらの作成作業を担当する中央政府の法律所管省の担当課のためにもあるといえる。それでは、たとえば、「6か月を超えない範囲内」と規定された場合、その期間のすべてが当該担当課のために留保されていると考えてよいだろうか。

少なくとも中央政府はそのように考えているようにみえる。法律の委任を受けた政省令が制定されるのは、多くの場合、法律施行日に近いか同日である。運用における使用を前提に作成されるガイドラインについても同様である。

たしかに、法律附則によって最終期限を明示されている担当課にとっては、何が何でもその日までに法律が施行できる状態にしておかなければならない。行政手続法39条にもとづく意見公募手続の対象となる命令等(政省令、審査基準、処分基準、行政指導指針)であれば、一定期間をパブリックコメントのためにとられるから、その分を控除して考えなければならない。原案作成のために審議会での審議を要する場合もある。法律の実施準備においては、慎重に慎重が重ねられるから、その期間を目いっぱい使いたいと考えるのは当然であろう。

もっとも、こうした運用が適切と判断されるのは、法律に規定される事務が国の事務のみである「直営実施」の場合である。国民や事業者に対して行われる事務が自治体の事務であり、かつ、それが任意的ではなく義務的となっている場合には、そう単純には評価できない。

言うまでもないが、「施行」とは完全施行である。法律のもとで一定の行為が認められ、申請権が与えられている場合には、国民・事業者は、すぐにでもそれを得ようとして申請をする。申請がされれば、行政手続法7条にもとづき、自治体行政は遅滞なくそれを審査して認めるか認めないかの判断をしなければならない。法律実施の主役は、自治体行政である。

それでは、附則で認められた最終期限ギリギリに出された政省令やガイドラインを踏まえて、自治体は施行日から事務ができるだろうか。できるわけがない。

中央政府には、この点に関する認識が、絶望的なまでに欠落している。自分たちは、何とか期限までに作業を終了させてヤレヤレであるが、国民・事業者に対して事務を実施する自治体の職員は、メールの添付ファイルで「ドカッ」と送られてくる資料を読み込んで理解し、それを踏まえて仕事をしなければならない。

法律の制定・改正があれば、説明会を実施して、自治体に対してその内容の周知をしている。中央政府は、このように言うかもしれない。しかし、それは、詳細な点についての決定をしていないなかでのものであって、法律の条文を使って正確な仕事をしなければならない自治体担当者の要求水準を充たしてはいない。

どれくらいの時間的余裕が必要だろうか。担当職員は、当該事務の専任であるとはかぎらない。実際には、兼務が多いはずである。通常の仕事の合間を縫って理解を深めるには、最低でも3か月は要するだろう。「国と自治体の適切な役割分担」に鑑みれば、何よりも立法者には、それが可能になるような施行期日の定め方をする義務がある。自治体に3か月の準備期間を残さないようになされる政省令の制定やガイドラインの作成は、憲法92条に反して違憲である。

北村 喜宣 上智大学教授・公益財団法人地方自治総合研究所所長