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2021年6月コラム

自助、共助……そして絆

菅原 敏夫

 Heaven helps those who help themselves.
 ちょっと気取った書き出しになったのには理由がある。昨年10月26日、菅義偉総理就任から41日目、ようやく所信表明演説を聞くことになった。
 「私が目指す社会像は、「自助・共助・公助」そして「絆」です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。その上で、政府がセーフティネットでお守りする。そうした国民から信頼される政府を目指します。」
 読んで、苦い思いがこみ上げてきた。一つは個人的なことだ。もう一つはもう少し社会的なことだ。
 記憶に蓋をして今まで封印してきた言葉を口に出してみた。スペルが間違っていないかどうか、こっそり書いてみた。それが一行目だ。記憶自慢をしたいのではもちろんない。こんな役に立たなくて、有害な記憶が、ただでさえ記憶容量が狭まっている頭の中にへばりついている。高校生の時に覚えさせられた。もうン十年も前のことだ。この頭の中のシナプス片を維持するためにご飯何杯分のエネルギーが投じられたことか。もうやめたい。
 さらにこの文章の内容は有害だ。こうすれば分かる。対偶をとってみよう。「自ら助けないヤツを天は助けない。」そうかこちらを言いたかったのだ。自助にくじけた者はいくら待っても、公助、天助、天佑はやってこない。そしてそのとおりだ。
 高校の教師がこの言葉を覚えさせ、将来の記憶まで支配しようとするのは、不適切な教育だ。さらに私の高校のモットーは「自学自習」ときた。なんにも助けないばかりか、なにもする気がないのだ。この支配に造反するのは理由が有る。
 高校ではもう一つ役に立たないことを覚えさせられた。一行目の文章は、明治時代の大ベストセラー『西國立志編』にあると。これは級友から聞いた。著者SmilesはSとsの間が1マイルもある世界で一番長い名前だと。
 二番目の少し社会的な事がらは、最近のことだ。菅首相は巧妙にも自と公の間に「共」を置いた。これで自と公の間には無限の距離が保てる。個人が公に接している、公に参加する権利がある、個人は公(public)の一部であるというのは笑い話でしかなくなった。公の身近さや参加の権利を言う人ほどこの問題には騙されやすかった。総務省は確信犯だ。自共公だったらまだ分かる。これを公共私(の連携)と順序を逆にして言い換えて、「公共」と「私」の近接性・代替可能性を切り捨て、あろうことか「公」「共」「私」の3つのばらばらにしてみせた。「公共」(öffentlichkeit)は存在せず、介護保険、医療保険、年金さえも互助の制度、権利ではなく、慈しみの姿をとるようになった。もういやだ。
 自助・共助・公助が三点セットで使われるようのなったのはそう昔ではない。新聞記事検索を見ても阪神淡路大震災後すぐには広がらなかった。消防庁が震災のとき誰に助けられたかを聞いて、自力で、ご近所、やっと役所と自衛隊という結果を得て(それはそうだろう)、災害救助のセオリーとした。使われるようになったのは、東日本大震災の後からだ。急増している。しかし、東日本大震災の教訓は「津波てんでんこ」だ。つまり、自助・共助・公助の三点セットの順序と価値が無効になってから使われだした。都道府県議会議事録横断検索を使ったテキストマイニングでもそのようだ。そして菅首相がパクってみせた。本当にいやだ。
 この文章は事情があって、3月には書き進められていた。その直後に悲しい知らせがもたらされた。私にとっては40年来の先輩にして友人、自治総研の所長だった辻山幸宣さんが亡くなった。一年前に入院されて、その後、声を聞くことも面会も叶わなかった。せめてもの追悼にと思って、一行目の元の本『自助論』を読み返した。なにせ300人余の「成功者の実例」が収録されている。そのうちの一人くらい辻山さんの面影を追うことができるかもしれない、と。すぐに見つかった。この神は裁きの神であるばかりでなく、人間の才能を愛する神でもあるようだ。第6章が「芸術家」で、異能の人を神が愛したことが分かる。少し早めに神は傍におきたかったのだろうか。個人的なことで筆を擱くことをお許し頂きたい。

 

(すがわら としお 公益財団法人地方自治総合研究所委嘱研究員)

 

 

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