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2020年4月コラム

密度の経済

菅原 敏夫

 大学に入ったばかりの一般教養科目なんて退屈なだけだ。当時そう感じていた。今でこそリベラル・アーツの重要性がわかってきたし、今では大学はおろか大学院でも、リベラル・アーツとしての社会科学(この社会科学というところがギリシア時代と唯一違うところかもしれない)が最重要だとさえ思える。それほどに専門知は宙を漂い、批判精神を失い、(大相撲でさえ目標とする)正義を軽んじ、頼ってはいけない「エビデンス」と「統計学」と「進化論」の側用人と化している。
 そう思えるようになったのは、心に小さな棘が刺さっているからだ。一般教養の「地理」だったと思う(なにせ原体験は半世紀も前のことなのだから周辺は曖昧だ)。授業が終わって、試験はレポートの提出ということになった。へたに試験などをやると妨害される危険があったのか、一般教養特有の緩い評価姿勢なのかはわからないが、なにか自由にテーマを探して書いてこいというのだ。その時点でたった一つ引っかかるものがあった。「砺波」(富山県砺波平野)。砺波は散居制(散居村)、人々がバラバラに住んでいるというのだ。人が住んでいるところは普通は「集」落、それがバラバラだなんて。
 その年の夏、大学生らしく、伊豆諸島・式根島に遊んだ(ちなみに式根島は伊豆七島には数えられていない。新島の開拓村だからだ)。その式根島の居住のようすが変なのだ。家と家がかなり離れている。孤立しているようにも見える。地図を見てみても、散居っぽいのだ。
 日に焼けて、昔風の長い夏休みが終わって、前期の授業内容をすっかり忘れて、課題が出された頃に、式根島を思い出した。式根島をエビデンスにして、散居制の論理モデルをでっち上げてみよう。式根島だけでは間に合わないので、北米大陸のフロンティアの西漸、フロンティアのフロント(前線)部分では散居制が一般に見られる、とでもしておこう。砺波平野しかり、式根島(新島のフロンティア)しかり。
 いくらなんでもいい加減な論理ではないか、という良心の呵責と、集住・集村、有機的コミュニティ、集積、都市という、いってみれば経済生物学(自己組織化 ― クルーグマン)に、重要な例外を指摘したのではないかという思いのバランスが半世紀に渡って記憶を留めさせたようだ。  経済学は三つの経済性・効率性を認めている。規模の経済、範囲の経済、密度の経済。規模の経済はスケールメリットなどといって日常語に入り込んでいる。スケールメリットによって生産一単位あたりのコストは逓減する。範囲の経済は、経営理論で、多角経営のメリットとして説かれることが多い。密度の経済というのはあまり聞かない。近年の「選択と集中」によって、経営密度を高める、あるいは、コンビニが競争の結果ある地域に集中して立地する、スターバックスコーヒーが軒を接するように(とまではいえないだろうが)立地するといった経営手法で言及される。
 思うに、密度の経済が最重要で、歴史を貫いて経済と経済学を成り立たせているのではないか。
 密度の経済は三つのフェーズを持っている。例えば、米は10アールあたり100万カロリーほどの収穫がある。小麦は40万カロリーほどだそうだ(近代的栽培法のもとで、単位面積あたりカロリーベースで最も高いのはサトウキビ。サトウキビを主食にするのは難しかろう)。文明史的にいうと米の栽培が人口の「稠密」を支えた。1888年(明治21年)に最も人口の多い県は新潟県だった。
 第2のフェーズは社会関係資本。デイヴィッド・ヒュームのお互い様・互酬と信頼に基づく「濃密」な人間関係である。居住ではコロニー(集団居住地・群体)とコミュニティを形成する。
 第3のフェーズは経済学がお得意とするピン・マニュファクチュア。分業と工場制である。「高密」な分業・産業組織はクラスター(ブドウの房)を形成する。居住は都市形態で過密・高容積で高層の建物が経済的・快適とされる。
 経済性は「稠密」「濃密」「高密」の三つの「密」で成り立っている。
 この文章はここで終わる。なんの教訓もない。ただずいぶん若い頃、「密」でなく「疎」と「散」の存在と可能性に妙に惹かれたことを思い出した。

 

すがわら としお 公益財団法人地方自治総合研究所委嘱研究員)

 

 

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