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2016年7月コラム

引き上げの正当性

菅原 敏夫

 本欄で安倍首相と消費税に登場願ったのは14年4月のことだった。つまり消費税率が5%から8%に引き上げられたときのことである。その折の国会論戦を引いて「安倍晋三首相に教えられた。消費税の一番肝心な点」と、皮肉を込めて書いた。安倍首相は、公設でない地元の秘書の雇い主であることを意識して、「地元の秘書の方々については」、「まあ今固唾をのんでこの番組、私の答えを待っているかもしれませんが」と笑いを誘って、「物価が上がっていくことに対して対応できるように事務所としてもしっかりと引き上げていきたい」と国会で答弁している。「一番肝心な点」なのは、消費税によって賃金が「しっかりと引き上がる」ということである。もしそうでないとすれば、悪辣な経営者か誰かが陰謀で引き上げを邪魔しているか、制度設計が間違っているかである。
 私は素朴な消費税反対派である。「素朴な」の依って来る所以は、アダム・スミスが反対しているから、デービッド・リカードウが反対しているから、という時代がかった、事大主義的な理由のためなのだが、いずれにしてもごく若い頃に読んだ『国富論』(当時はそういう名前)、『経済学および課税の原理』のうろ覚えの知識に基づくものなので詰めて反対ということではなかった。
 「皮肉」を書いてから2年。現実はスミスやリカードウの再来となった。「内需を腰折れさせかねない消費税率の引上げ」(6月1日の総理記者会見)を延期すると安倍首相が宣言した。安倍首相自ら消費税反対派の列に参じ、消費税の欠点をあげつらったのだから、次の引き上げもやりにくかろう。
 古典派経済学の勝利という論点を離れて、消費税率の引き上げの随分先(30か月後)への延期の影響を考えてみたい。消費税の賛否で経済学を持ち出す人はもういない。古典派をひっくり返したよっぽど新しい経済学をお持ちか、仕方がないというご都合主義以外出番はない。消費税しか現実味がないという消極論には理がある。それを補強したのが「税と社会保障の一体改革」だったのだ。同じ記者会見で安倍首相は「一億総活躍社会の実現に向け、新たな取組が次々とスタートいたします」と成果を誇ったものの、「一体改革」への言及はなかった。これをして「一体改革」は破棄されたという見方をする人もあるが、そんなことはない。「一体改革」は消費税そのものに強力な歯止めを掛けた。14年の消費税率引き上げの際に、消費税法は第1条に第2項を付け加えて、「毎年度、制度として確立された年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充てるものとする」と規定した。地方税法も款を一つ起こして、地方消費税の使途を定めている(地方税法第72条の116第1項、第2項)。道府県は「消費税法第1条第2項に規定する経費その他社会保障施策に要する経費に充てるものとする」とし、市町村についても同様の規定を置いた。引き上げ分についての目的税化がなされ、社会保障充実のための引き上げという歯止めが嫌税世論に対する回答となった。
 この約束は守られたのだろうか。15年度決算では消費税収増収が本格化し、地方消費税収、同交付金が増収となる。14年度決算では、使途を明示した決算はなかった。15年度はどうだろう。法律の約束は守られるのだろうか。私の予想は悲観的だ。全くないか、ほとんどない結果に終わるだろう。領収書の付いていない使途不明金になってしまうだろう。
 14年引き上げのもう一つの目玉は、地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律(総合確保法)だ。第4条に都道府県計画、第5条に市町村計画を作ることができると規定され、その計画に基づいて、自由度の高い交付金が交付される。そう宣伝され、14年度は医療分から、15年度には介護分の交付も始まっている。都道府県計画はすべての都道府県のものが作られ公表されている。ところが市町村計画はほとんど作られていないのだ。これから策定されるというのではなく、都道府県計画によって補助されるという地位に甘んじている。一つ一つの都道府県計画を見ていて、もう一度驚いた。かなりの部分が既存の補助金の看板の掛け替えに終わっている。「社会保障の充実」の項目であったはずなのに、「充実」からほど遠い。
 つまり消費税率引き上げの際の約束は守られていないのである。「ものとする」は「しない」を許容し、「しない」の代名詞となってしまった。5%から8%への引き上げは正当性を欠いている。その状況を改善しない限り、10%への引き上げも正当性がない。

 

すがわら としお 公益財団法人地方自治総合研究所非常任研究員)

 

 

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